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LGBT 2026.08.09

LGBTの労務対応・経済産業省事件最高裁判決を題材に

近年、LGBT理解増進法の制定及びセクシュアル・マイノリティの人権に関する複数の最高裁の判断により、企業や行政機関においてLGBTの労働者の職場環境に配慮することの重要性が認識されつつあります。LGBTの労働者に対する適切な対応や職場の理解促進は、法的なリスク回避のみならず、ダイバーシティ&インクルージョンの推進においても不可欠な要素となっています。本記事では、世間の注目を集めた経済産業省におけるLGBTの職員の女性用トイレの使用に関する最高裁判決をもとに企業等に求められる対応について考察します。

【この記事のポイント】

・LGBT理解促進法は企業に対し法的義務を課すものではないが、社会的責任として企業が自主的に対応を進めることが期待されていること(目次1)。

・経済産業省事件において、最高裁は、当該職員の状況及び他の職員の反応など具体的な事実関係に着目した上で、生物学的な性別が男性であり性同一性障害である旨の医師の診断を受けている一般職の国家公務員に対する女性用トイレの使用制限を違法と判断したこと(目次2)。

・経済産業省事件の最高裁判決は実務上大きな影響力を有しており、企業などにおいては、今後本判決を踏まえて対応を検討する必要があること(目次3)。

・経済産業省事件の最高裁判を踏まえて、労働者の状況などの具体的な事実関係を詳細に検討した上で、適切な対応を講じることが重要であること(目次4)。

【目次】

1  LGBT理解増進法

2 経済産業省事件

3 最高裁判決の影響 

4 本判決を踏まえた対応

5 最後に

【本文】

1 LGBT理解増進法

2023年6月23日、「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」(LGBT理解増進法)が施行されました。

この法律は、性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解が必ずしも十分でない現状に鑑み、国民の理解の増進に関する施策の推進に関し基本理念を定めること、国及び地方公共団体の役割等を明らかにするとともに、基本計画の策定その他の必要な事項を定めることにより、性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性を受け入れる精神を養成し、性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に寛容な社会の実現に資することを目的としています(法1条)。

この法律において、事業主は、以下の努力義務を負うとされています。この法律は企業に対し法的義務を課すものではなく、行政罰などの直接的な制裁は伴いませんが、社会的責任として企業が自主的に対応を進めることが期待されています。

①普及啓発、就業環境の整備、相談の機会の確保等を行うことにより性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する当該労働者の理解の増進に自ら努めるとともに、国又は地方公共団体が実施する性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する施策に協力すること(法6条)

②その雇用する労働者に対し、性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する理解を深めるための情報の提供、研修の実施、普及啓発、就業環境に関する相談体制の整備その他の必要な措置を講ずること(法10条)

2 経済産業省事件

令和5年7月11日、最高裁は、生物学的な性別が男性であり性同一性障害である旨の医師の診断を受けている一般職の国家公務員に対し、女性用トイレの使用を制限したことについて、国(人事院)の対応が違法であると判断しました。

以下、詳細をご説明いたします。

(1) 事実関係の概要

・上告人(以下「X」といいます。)は、一般職の国家公務員です。

・Xは生物学的な性は男性ですが、幼少期から強い性別違和感を抱いており、性同一性障害と診断されました。Xは同診断前から女性ホルモンの投与を受けており、その後、女性として生活するようになりましたが、健康上の理由で性別適合手術を受けず、戸籍上の性別も男性のままとなっていました。

・Xは経済産業省の職員として勤務していましたが、上司に対し自らの性同一性障害について伝えたうえで、経済産業省の担当職員に対し、女性の服装での勤務や女性トイレの使用等についての要望を伝えました。

・経済産業省は、Xの了承を得て、Xの執務する部署の職員に対し、Xの性同一性障害について説明する会(以下「本件説明会」といいます。)を開催しました。本件説明会において、Xが退席した後、Xが庁舎の女性トイレを使用することについて参加者の意見を求めたところ、Xが執務する階の女性トイレを使用することについては、数名の女性職員がその態度から違和感を抱いているように見えたとのことです。そこで、担当職員は、Xが執務階の一つ上の階の女性トイレを使用することについて意見を求めたところ、女性職員1名が日常的に当該女性トイレも使用している旨を述べました。

・本件説明会におけるやり取りを踏まえ、経済産業省は、Xに対し、執務階とその上下の階の女性トイレの使用を認めず、それ以外の階の女性トイレの使用を認める旨の処遇(以下「本件処遇」といいます。)を実施しました。

・Xは、本件説明会の翌週から女性の服装等で勤務し、主に執務階から2階離れた階の女性トイレを使用するようになりましたが、それにより他の職員との間でトラブルが生じたことはありませんでした。

・本件説明会から3年後、Xは職場における女性トイレの使用を制限されたことに対し、国家公務員法第86条に基づく行政措置の要求を行ったものの、人事院がその要求を認めないと判定したため、Xはその判定の取消し及び国会賠償を求めて訴訟提起しました。

(2)  第一審の判断

東京地方裁判所(令和元年12月12日判決)は、人事院の判定の一部を取り消すとともに、Xに対する国家賠償請求の一部を認容し、被告(国)に対し132万円の慰謝料支払いを命じました。

東京地裁の判断の概要は以下のとおりです。

①性自認に基づくトイレ利用の制限が重要な法的利益の制約になること

東京地裁は、性別個人の人格的な生存と密接かつ不可分のものであること、個人がその真に自認する性別に即した社会生活を送ることができることは重要な法的利益であること、トイレは人が通常の衛生的な社会生活を送るに当たって不可欠のものであることなどから、「個人が社会生活を送る上で、男女別のトイレを設置し、管理する者から、その真に自認する性別に対応するトイレを使用することを制限されることは、当該個人が有する上記の重要な法的利益の制約に当たると考えられる」と判示しました。

②本件処遇に関する判断方法

東京地裁は、法律上の性別変更をしていないトランスジェンダーによるトイレ等の男女別施設の利用については、多目的トイレや男性と女性の双方が使用することのできるトイレの使用等を提案し、推奨する考え方も存在するところであって、必ずしも自認する性別のトイレ等の利用が画一的に認められているとまではいい難い状況にあるとしつつ、「生物学的な区別を前提として男女別施設を利用している職員に対して求められる具体的な配慮の必要性や方法も、一定又は不変のものと考えるのは相当ではなく、性同一性障害である職員に係る個々の具体的な事情や社会的な状況の変化等に応じて、変わり得るものである。したがって、被告の指摘に係る上記のような状況を前提としても、そのことから直ちに上記のような性同一性障害である職員に対して自認する性別のトイレの使用を制限することが許容されるものということはできず、さらに、当該性同一性障害である職員に係る個々の具体的な事情や社会的な状況の変化等を踏まえて、その当否の判断を行うことが必要である」と判示しました(注:下線部は筆者によります。)。

③東京地裁が重視した点

東京地裁は主に以下の点を指摘した上で、本件処遇につき国賠法上の違法性を認め、人事院の判定の一部を取り消しました。

・Xは性同一性障害の専門家である医師が適切な手順を経て性同一性障害と診断した者であって、経済産業省においても、女性ホルモンの投与によってXが女性に対して性的な危害を加える可能性が客観的にも低い状態に至っていたことを把握していた。

・経済産業省の庁舎内の女性用トイレの構造に照らせば、利用者が他の利用者に見えるような態様で性器等を露出するような事態が生ずるとは考えにくい。

・Xは私的な時間や職場において社会生活を送るに当たって、行動様式や振る舞い、外見の点を含め、女性として認識される度合いが高いものであった。

・2000年代前半までに、Xと同様に、身体的性別及び戸籍上の性別が男性で、性自認が女性であるトランスジェンダーの従業員に対して、特に制限なく女性用トイレの使用を認めたと評することができる民間企業の例が複数件存在しており、経済産業省においても平成21年10月頃にはこれらを把握することができた。

・Xがある時期からはは一貫して経済産業省が使用を認めた女性用トイレを使用しており、男性用トイレを使用していないことや、過去には男性用トイレにいたXを見た男性が驚き、同所から出ていくということが度々あったことなどに照らすと、女性の身なりで勤務するようになったXが庁舎内において男性用トイレを使用することは、むしろ現実的なトラブルの発生の原因となる。

(3) 原審の判断

東京高等裁判所(令和3年5月27日判決)は、Xの訴えの一部を認めた東京地裁の判断を変更し、本件処遇及び人事院の判定は適法であると判断しました。

東京高裁の判断の概要は以下のとおりである。

①自らの性自認に基づいた性別で社会生活を送ることは、法律上保護された利益であること

東京高裁も、性同一性障害者特例法の立法趣旨や性別が個人の人格的生存と密接不可分なものであることに鑑み、「自らの性自認に基づいた性別で社会生活を送ることは、法律上保護された利益である」と判断しました。

②東京高裁が重視した点

しかし、東京高裁は主に以下の点を指摘し、東京地裁の判断を覆しました。

・経済産業省は、顧問弁護士の助言を踏まえつつも、Xの希望や主治医である医師の意見も勘案し、よりXの希望に沿う対応方針を策定し、本件処遇を実施している。

・経済産業省は、他の職員が有する性的羞恥心や性的不安などの性的利益も併せて考慮し、Xを含む全職員にとっての適切な職場環境を構築する責任を負っている。

・本件処遇後、女性用トイレの利用制限を撤廃することを相当とする客観的な事情の変化が生じているとは認められない。

(4) 最高裁の判断

最高裁(令和5年7月11日判決)は、高裁判決の一部を破棄し、人事院の判定のうちトイレ使用制限に関する部分を違法と判断しました。

最高裁は同判決において以下のように判示しています。

・Xは、性同一性障害である旨の医師の診断を受けているところ、本件処遇の下において、自認する性別と異なる男性用のトイレを使用するか、本件執務階から離れた階の女性トイレ等を使用せざるを得ないのであり、日常的に相応の不利益を受けている。

・Xは、健康上の理由から性別適合手術を受けていないものの、女性ホルモンの投与を受けるなどしているほか、性衝動に基づく性暴力の可能性は低い旨の医師の診断も受けている。現に、Xが本件説明会の後、女性の服装等で勤務し、執務階から2階以上離れた階の女性トイレを使用するようになったことでトラブルが生じたことはない。また、本件説明会においては、Xが執務階の女性トイレを使用することについて、担当職員から数名の女性職員が違和感を抱いているように見えたにとどまり、明確に異を唱える職員がいたことはうかがわれない。さらに、本件説明会から人事院の判定に至るまでの約4年10か月の間に、Xによる庁舎内の女性トイレの使用につき、特段の配慮をすべき他の職員が存在するか否かついての調査が改めて行われ、本件処遇の見直しが検討されたこともうかがわれない。

・以上によれば、遅くとも人事院の判定時においては、Xが庁舎内の女性トイレを自由に使用することについて、トラブルが生ずることは想定し難く、特段の配慮をすべき他の職員の存在が確認されてもいなかったのであり、Xに対し、本件処遇による上記のような不利益を甘受させるだけの具体的な事情は見当たらなかったというべきである。そうすると、本件判定部分に係る人事院の判断は、本件における具体的な事情を踏まえることなく他の職員に対する配慮を過度に重視し、Xの不利益を不当に軽視するものであって、関係者の公平並びにXを含む職員の能率の発揮及び増進の見地から判断しなかったものとして、著しく妥当性を欠いたものといわざるを得ない。

3 最高裁判決の影響

経済産業省事件では、東京高裁が人事院及び経済産業省の対応を適法とした一方、東京地裁は経済産業省による本件処遇について、最高裁は人事院の判定について、それぞれ女性用トイレの使用制限を違法と判断しました。

東京高裁は、経済産業省がXの要望を踏まえた一応の対応をしていたこと、他の職員の羞恥心や不安感などを重視した一方、東京地裁や最高裁は、Xの具体的な状況に鑑みて女性トイレの使用を認めてもトラブルが発生する可能性は低く、実際にもそのようなトラブルが生じていないことを重視しました。また、最高裁は、他の職員がXの女性用トイレの使用について明確に異を唱えていないこと、本件説明会から人事院の判定に至るまでの約4年10か月の間に本件処遇の見直しについて何らの検討がなされていないことも考慮しています。

本件は事例判断ではありますが、最高裁第三小法廷の裁判官5名の全員一致の判断であり、全裁判官が補足意見にて、具体的な問題意識を指摘しています。

このようなことも踏まえると、本判決は実務上大きな影響力を有していると考えられ、企業などにおいては、今後本判決を踏まえて対応を検討する必要があります。

4 本判決を踏まえた対応

既に述べたとおり、本判決は、本件の事案に即した事例判断であり、いかなる場合にもすべての労働者に性自認に沿ったトイレの利用を認めるべきというわけではありません。

本判決で違法と判断されたのは人事院の判定についてであり、経済産業省による本件処遇については違法とはされておらず、最高裁判所裁判官の補足意見でも、「当面の措置として上告人の女性トイレの使用に一定の制限を設けたことはやむを得なかった」ことは否定されていません。しかし、本件説明会から人事院の判定に至るまでの約4年10か月の間に、当該職員の女性用トイレの利用に関連して問題が生じていなかったにもかかわらず、本件処遇の見直しについて何らの検討がなされていないことが問題視されました。

重要なことは、当該労働者の状況及び他の労働者の反応などの具体的な事実関係を詳細に検討した上で、適切な対応を講じるとともに、一度何らかの対応をした後も、具体的な状況に応じて処遇の見直し等を検討していくことです。

たとえば、経済産業省事件と同じく、性別適合手術を受けていない社員から、戸籍上の性とは異なる、性自認に従ったトイレや更衣室を使用したいと要望を受けた場合、会社としては以下のような対応を慎重に検討すべきと考えます。

(1)本人の生活状況等の確認

まず、当該社員が性同一性障害である旨の診断を受けている場合には、診断書の確認を行い、本人の申出内容が正しいことを確認します。

もっとも、申出が真実であるとしても、必ずしも医師から診断を受けているとは限らないため、従前の生活状況や職場での振舞い等について、必要な範囲で聴取等を行うことになります。

ただし、そのような聴取等を行う場合には、本人のプライバシー等に十分な配慮を行うことが必要です。
厚生労働省の「多様な人材が活躍できる職場環境に関する企業の事例集~性的マイノリティに関する取組事例~」に関するリーフレットには、「トランスジェンダーの方の中でも、トイレや更衣室の利用に関わる希望はさまざまです。また、同じ個人であっても、性別移行の状況によって希望が変化する場合もあるので、当事者が安心して相談できる環境を整え、まずは本人の希望を傾聴することが大切です。対応を検討・実施するにあたっては、機微な個人情報について、本人の希望を踏まえながら慎重に取り扱う必要があります。」との記載がありますので、こちらもご参照下さい。

(2)他の従業員への配慮

トイレや更衣室の利用については、他の社員が心理的な抵抗を覚える可能性もあるので、その点にも十分な配慮が必要です。

会社が本人の申出を認める方向で検討をする場合には、他の社員(女性用トイレ・更衣室については同じ施設を利用する女性社員)に対する説明を行うことになります。

この場合、当該社員に対するアウティング(同意を得ずに性的指向や性自認を暴露すること)とならないよう、当該社員の同意を得た上で説明会を実施してください。

(3)代替策の検討及び研修等の実施

仮に他の社員から具体的な反対意見などが出た場合には、まずは丁寧な説明を行い、他の社員の不安を払しょくするよう図るべきです。

どうしても他の社員の納得が得られない場合には、必要な説明は継続しつつも、一時的な代替案や利用制限などを設けることもやむを得ないという判断もあり得ます。

しかし、他の社員の不安や懸念が抽象的なものにとどまり、当該社員に不利益を課す具体的な必要性が認められないのであれば、そのような制限を継続的に課し続けることは違法と評価されるリスクがあります。

この点、本判例の宇賀克也裁判官の補足意見では、同僚の女性職員がXと同じ女性トイレを使用することに対して抱く可能性があり得る違和感・羞恥心等は、トランスジェンダーに対する理解が必ずしも十分でないことによるところが少なくないと思われるので、研修により、相当程度払拭できると考えられると指摘しています。

5 最後に

本記事では、LGBT理解増進法の内容を確認しつつ、経済産業省事件の内容を踏まえて企業がどのような対応を講じていくべきかを整理いたしました。

立法の促進や最高裁判決の影響により、自らの性自認等をカミングアウトし、自らの性自認に沿った施設利用を希望する従業員は今後も増えていくかもしれません。

そのような中で、各企業においては、従業員の希望は叶えたいと思いつつも、他の従業員への配慮からどのように対応すればよいか分からないという場合もあるかと思います。

本記事で言及した点以外にも、LGBTに関する労務対応には様々な考慮すべき事項がありますが、標準的な取り扱いがあるものではありませんので、判断に迷われた場合は速やかにご相談ください。

本記事が労務対応を検討するうえでの参考になれば幸いです。

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